LGBTや生きることを思う映画『ヘドウィグアンドアングリーインチ』

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人間を人間たらしめるのは圧倒的な思考回数である

思った通り受けが良いようなので、泣ける映画を色々ネタに出来ればと思うのですが、以前から言っているように私が泣いた映画って5本にみたない…。内2本がアニメってんだからもう書きようがないわけで困ったものです…
自分が泣けないのだから、この映画が泣けるかどうかは定かではありませんが、ずっと好きなのがこの映画『ヘドウィグアンドアングリーインチ』。最近増えてきたLGBTの先駆けなのかはわからないが、この作品は非常に愛おしい気持ちを抱かせる。とはいっても、今のところ私はノーマル(適切な言い方がわからない)である。
映画自体も素晴らしいが好きなのが登場する歌の歌詞。端的な表現で言えば哲学的な歌詞と一言で済んでしまうのだが、この表現が素晴らしい。
よく言われることだが、難しい事を難しく話すことはとても簡単で、難しい事を簡単に誰でもわかるように表現する事が一番難しい。
そういう意味でどんなものであれ、その思考の深度と表現力のバランスが高いものが好きで、映画というのはそれを味わえるツールという意味で好きなわけです。
と、この『ヘドウィグアンドアングリーインチ』の主人公が綴る言葉は非常に軽快でありながらとても重い。この感覚は口で言ってわかるものではないから、気になる人はぜひ見て欲しいのですが、なんで、そういう言葉が作れるか?
なんとなく、昨日ゲイバーにいってはじめてわかった気がする。
と、いきなりぶっ込みトーク!?という感じがしますが、そうではなく彼らと話しているとその話術や頭の回転、ボキャブラリーの多さに圧倒される。
きっと、それはある種特殊な成長過程で私たちの様に、ひとつの性を考えるだけでは生きてこられなかったという背景があるのだろう。その感覚って、デザイナーの感覚にとても良く似ている気がする。
ひとつのものに対して様々な視点をもって考えることでそのモノの最大限の可能性を追求する。何度も何度も無関係の人からしたら何の意味もない事をどこまでも掘り続ける。時には子供の視点で、時には異性の視点で。
もしかするとそういう事の繰り返しがある意味で人としての成熟と呼ばれるのかもしれない。昔はLGBTの人たちは病気であり、むしろ何かが欠けた存在なんて言い方をされていた。でも、そんな視点で考えると彼らの方がはるかに理知的で思慮深く、圧倒的な説得力を持っているような気がする。
私たちはみな生まれ落ちた時にすでにかけた存在である。映画の歌の歌詞を読み返して改めてそんな事を感じました。非常に素晴らしい映画です。

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ [DVD]

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